越後製菓「こだわっているのは米と水。」

新野屋

新野屋初代は明治の頃に東京でくろ羊かんの作製を学び、新潟に帰ってきました。でも、和菓子に欠かせない砂糖は当時高級品。羊かんは富裕層向けの製品になってしまいます。子どもが日常で食べられるお菓子を作りたい。そんな夢を持っていた初代は名物「網代焼」を作製しました。新潟のお米を活かした、安価でおいしい地産地消の米菓です。「網代焼」がどうして魚の形をしているのかとよく聞かれますが、これは形を重んじる和菓子職人の感性ならではですね。「網代焼」の数年後に作製した「幸福あられ」がふわりと膨らんだオレンジ色をしているのも、和菓子職人がイメージする幸福を表現しています。和菓子職人の感性で米菓を作る。それが新野屋の伝統なんです。

米菓とは、集団の芸術である。

「網代焼」のチョイ辛味は、大学生の皆様と共同開発をしました。若い世代の方々と協力することは、お金にかえられないメリットがあるんです。今の若い世代の方々は、未来の消費者ですから。彼らの世代の感性を取り込むことが、将来のお菓子作りに役立ちます。またお年寄りの方に買っていただくと、お孫さんにも食べてもらえる。お孫さんが大きくなれば、ここに戻ってきてもらえます。新野屋はこれを創業から約110年、繰り返してきました。繋いできた想いを先へ、先へ。一年でも長く繋ぐため、私たちは日々精進しています。

初代が創案した「菓子道楽」という言葉。これには「菓子を作る者も楽しみ、それを召し上がる方々も楽しみ、お菓子を通じてお互いに幸福になること」という意味が込められています。近頃失われつつあるおもてなしの作法。自分だけが味わうのだけではなく、相手を思いやらなければ、本当のお菓子とは言えません。お菓子とは、心の健康のためにあります。地元・新潟のみなさんに、こうした想いをもってお菓子作りに励んでいるお菓子屋があると、ぜひ、知って欲しいんです。


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